廃線 松前線をたどる

昭和63年2月1日廃止の松前線。木古内駅~松前駅までの路線でした。

こちらは私のうちにあった中学校社会科の地図帳。しっかり松前まで線路が伸びてます。

木古内駅-1森越駅-2渡島知内駅-3重内駅-4湯ノ里駅-5千軒駅-6渡島福島駅-7白符駅-8渡島吉岡駅-9渡島大沢駅-10及部駅-11松前駅 となっていたそうです。


まずは、在りし日の駅舎の画像をご確認ください、よくまとまっているHP見つけたので。


1 森越駅跡

 駅前の通りっぽいところを進むとありました~

突き当りに森越駅の看板が。これがないと全く分からなかったな~。幸先好調。

後の林は防風林だと思います。何となく鉄道の雰囲気があってよかった!


2 渡島知内駅跡

こちらにも駅名標のレプリカがあってすぐにわかりました。

なんとなんと駅舎がほとんど同じ状態で残っているではございませんか!

現在は函館バス知内出張所となっているようです。バスターミナルの待合室と事務所に再利用されていまして、上の写真は待合室の状況です。


3 重内(おもない)駅跡

こちらにも駅名標がありました。よしよし。


駅名標の左側は雑草が生えていて線路がどこかはちょっと自信なし。

しかし、右側は林が綺麗に切れているので、絶対にそこを鉄道が走っていたというのが推測できました。


4湯ノ里駅

湯ノ里集落に広い道発見。雰囲気的に駅前だった感じ。

ありました駅名標!!

現在は、コンクリート舗装された部分のみ面影がありました。


5 千軒(せんげん)駅跡

とうとう駅名標がなくなっちゃった。

前までは登山者用の休憩所もあったみたいですが、現在は白樺1本のみ。

ちなみに登山は大千軒岳という有名な山があるみたいです。


6 渡島福島駅跡

ここはほんと見つけにくかった!役場の近くみたいなんだけど・・・

というか、なんと役場になっちゃっているではないですか。

何一つ残されていませんでした。


7 白符(しらふ)駅跡

国道から超細い道を入ったところにありました。

ちなみに、レンタカーのナビにはこの超細い道は倍率を上げて初めて表示される位の超難問でした。

駅舎はなかったそうです。その代わりに待合室があったそうで、アプローチ階段入口付近ということで、どうやら表示板があるとこなのでしょうね。

アプローチ階段が残っていて感動~。

線路が上にあっただろう橋台もすぐ隣にあります。感動


8  渡島吉岡駅

こちらもなかなか難儀しました。

民間会社の入り口に看板をやっと発見!

 民間の土地になっているためこれくらいしか近づくことができません。道路向かいは吉岡温泉がありますが、国道から山の方に800mも入ったとこなので、どうしてここに駅があったのかな~と思いながら撮影。

 調べたら、ここいら周辺は青函トンネルを掘削していた当時は基地がここらにあって大変にぎわっていたみたいで、なるほどそういうことか~。と納得したり・・・

いやいや、青函トンネルの前から駅はあるでしょ!とかとか・・・解答はみつからず。


9 渡島大沢駅跡

大沢町内を国道からどんどん山を登っていったところにやっと発見。民家の奥にあるんですもん。これまた難易度高いところでした。

ホームが残っているとの情報でしたが草むらになっていて進めず。残念!と思いきや

これは絶対に鉄道の橋脚ですよね!

もしや工事事務所があるってことは・・・、取り壊されるの?間に合ったのか!?と何か得した気分でテンションアップ!


10 及部(およべ)駅跡

ここは、表示板がなく場所を特定できませんでした。が、どうやら私が写真を撮っている場所が駅跡のようです(笑)。

町道が現在はX交差点になっているのですが、そこから上の写真2枚を撮影。

ウィキペディア画像によるとそこが駅みたいですよね。


11 松前駅跡

ついに最終目的地の松前線終着駅発見

最南端の駅!と思ってみたら最南端の「町」の松前駅ということなんですね。確かに、私の調べたところ、2つ前の「渡島大沢駅」のほうが南にある感じですもんね。

在りし日の駅舎画像にもこの記念碑写っているので想像しやすかった~。

歴史が細かく記載されていました。

最終感動!当時の建物が残っていました!「松前観光案内所」が残っていました。

その隣には観光案内マップが描かれていただろう表示板の枠もありました。


コロナの影響で旅行がなかなかできない現在、苦肉の策で廃線の旅をしてみましたが、なかなか良かったです。

ちなみに、松前城、道の駅、温泉2つも寄って日帰りできました。

乗り鉄のページ

もう50代になり、大人の休日俱楽部に入ることにしました。そこで「旅」を「乗り鉄」してみようと決めた次第です。

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